古琴もスランプ?

一昨日も昨日も『文王操』と『酒狂』、『广陵散』を一回ずつ弾いただけ。今日も、今『广陵散』を一回やっと弾き終わったところで、気力が続かなくなった。

そもそも今日は何度も「つっかえた」。前は何も考えずに弾けていた箇所(しかも曲中に何度か出てくる旋律)でつまずいて、楽譜を見ても「え? こんな弾き方だったっけ?」と戸惑うばかり。どうしたんだろう?

確かに心の調子は悪い。それを何とかしようと、弾き始めた節がないでもない。でも、今日は古琴の癒し効果がなかったのか? 雑念が頭や心に残っていて邪魔をしたのか?

この先週末あたりから雑念多すぎ。心は鬱々とするし、古琴は「スランプ」状態。何とか脱出したい! 今から『文王操』と『酒狂』を弾いて、そのあと、古調律を変えて五弦を高くして、気持ちを変えてみたらどうだろうか?

それより、この机の上、片づけた方がよくないか? 近いうちにやらなければならない面倒な手続きのために必要な「パスワード」を書き留めた(はずの)紙を探した方がよくないか? ああ、それにもう一つ必要になりそうな「パスワード」もわからない! そもそも、肝心なことを後回しにする癖をやめたほうがよくないか?

こんなことだから不安神経症はいつまでたっても治らない。うん、でも、これは「性分」だから、折り合っていくしかないんだよね。

やっぱりこれから『文王操』を弾こう。

描き初めはまた(x5)クレヨン画(描きかけ)

ずっと前に見た、夏の湖の風景を描いた油絵の動画がとても印象的で、この間、秋のイチョウ並木の絵を描いたときに思い出して、「あれが描けたらいいな、でも、無理だろうな~」とぼんやりと考えた。

もとはかなり大きな絵だし、すごく緻密。それに、動画の撮影角度が絵に対して斜めなので、絵が実際より縦長になっているから、これを観ながら描くのはむずかしい……などの理由で、このアイディアは却下していた。

が、1月2日。「書き初め」ならぬ「描き初め」の日。「ままよ!」という掛け声も勇ましく(?)、6枚目のクレヨン画として、この絵に取り掛かってしまった。そして三日目。ギブアップ……。

やっぱり無理。今回はさすが恥ずかしくて、Kちゃんにも見せられない……。しかし、挑戦した意気込みは評価する!と、自分を慰める。

参考にしている油絵の動画は、まだ三分の一ほど残っている。これからどんどん緻密な細部が描きこまれていくのだが、クレヨンでは無理。

それに、そもそも、一番最初に描いた、遠くにある山と湖の色の選択を誤っているので、肝心なところが台無し。湖に見えない!!! 塗っているときに、なぜ気づかなかったのだろう?と、今になって思うけれど、謎のまま。たぶん、意気込んでいたから緊張したんだろう。「緊張しい」だからな。落ち着いて、よく考えて色を選ぶべきだった←今回の教訓①。

教訓②は油絵具とクレヨンの違いを考える。アイディアとしては、最初に全体に白を塗ることで、その上に重ねた濃い色を、場合によっては削ることができるようにする、とか、あとで削って出したい色を下地として塗る、とか考えられるけれど……そんなに前もって、色の配置なんて考えられないよお~!

教訓③。ある程度できたら、もうごちゃごちゃいじらない。お手本動画がいじっていても、(とくに画材が違ったら)もういじらない。色がきたなくなるばかりだから! それにいじり続けていたら、シングルタスクの私はほかに何もできない! 古琴の練習時間が少ないのも、中国語の学習時間が半減しているのも、掃除ができないのもそのせいじゃっ!

そこで、ひとまず、ここでやめることにした。クレヨン画の道具はうしろのソファの上に乗っけて、机の上を片付ける。よしっ、今日はほかの活動もやるぞっ!

(20220105)今朝、書斎のドアを開けたら、ソファの背に立てかけてあった絵が目に入った。数メートル離れたところから見たその絵は、なんか「それなり」に見えた。どうも、焦点を合わせずに見るといいらしい。もし、このブログを読んでくださる方があったら、上の写真はぜひ、眼を細めて「ぼんやり」させて見ていただきたい。生涯、図工コンプレックスを持ち続けている、当ウェブサイト管理人からのお願い……。

(20220108)結局、上の絵に少し手を入れて(地面に小さな花とかを咲かせて)、完成ということにした。楽しかった! これに懲りずにまた挑戦しよう。でも、次回(えっ、また描く気?)はもっと簡単なものにしようね。少なくともクレヨン画をお手本にするように!

ティファニーからのプレゼント

街は例年通りにぎわっているようだけれど、つらい思い出があるこの祭りは好きではない。でも、今日はちょっと心が暖かくなった。

ティファニーからプレゼントをもらった! お店からプレゼントをもらったのは初めて。

お店の人がその場で開けて、見せてくれたけれど、家に帰って改めて「開封写真」を撮ることにした。中身は……

リースを「作る」キットと、チョコレート!(開封と同時に味見をしてしまったので、二つ欠けている……。)

それから小一時間かけて作ったリースがこれ。

折り紙で作ったティファニーの箱を加えたのが「ミソ」。針金とか適切な糊とかがなかったので、どの部品も不安定なのだけれど、この写真をティファニーの店員さんに送ったら、So pretty!  Simple but elegant! との評が返ってきた。ティファニーの箱には気づいてもらえなかったのかもしれないけれど、返事をくれるとは思わなかったからうれしかった。

もう今年もあと2週間で終わり。もう一息がんばって、なんとか元気で新しい年を迎えたい。

クレヨン画をまた(x4)描いてみた

うむ。止まらない「クレヨン画愛」、というかマイブーム、というか、この数日の気まぐれ。体調が今一つ思わしくなく、それを忘れるためなら何でもするという、多少本末転倒気味ないつもの思考。

それで、また柴崎先生の動画をチェックしたけれど、クレヨン風景画でまだ「真似っ子」していないのは、夏の入道雲の絵だけ。でも、今は11月だからなぁ……と思いながら、ふと、YouTubeのお勧めに出てきた油絵の動画を観た。

これこれ、秋の風景! 大・大・大好きな神宮外苑のイチョウ並木を思い出させるロシア(たぶん、画家さんはロシアの人??)の風景。こういうの、柴崎先生がクレヨンで描いてくださったらいいのに……と思っているうち、「よっし描いてみよう!」と思い立った。

しかし、そう簡単に描けるわけはなく、「トホホ」な出来。でも、楽しかった! だから大成功。2時間くらい夢中で描いていて、何もかも忘れた。大成功!

でも、やはり油絵の工程をなぞりながらクレヨン画を描くというのは、とても無理がある。あれ? 一番の問題はそもそも、小学校時代から「図工コンプレックス」に悩まされ続けているくらい画才がないからじゃなかったっけ? うん、うん、納得。

今回の反省点など:

①お手本と同じように、最初に全体を茶色に塗ったけれど、その上に白いクレヨンを塗っても、油絵の具のようにうまく「重ね塗り」できなかった。クレヨンの場合、白はやはり紙の色を残すべき
②つまり、油絵をお手本とする場合(たぶん柴崎先生のクレヨン画をお手本とした場合も同じ)は、できあがりを先にしっかり観察して、薄い色のところは要注意。濃い色の上に薄い色を重ねてもクレヨンでは効果があるときとない時がある。
③何度も重ねて塗っていると、かえってはげてきたり、全体に同じような色になって、ぼんやりした印象になってしまう。塗るのも、こするのも、削るのも、どれもほどほどに。要するに、「これでよしっ!」と決めたら、もうあれこれいじらない。

「クレヨン画入門」といった感じの動画を探してみようかな……。図工コンプレックスが少しでも解消できたらうれしい。体育の「駆けっこ」は得意だったんだがなぁ。

(同日続報)今、できたての豚汁を差し入れにKちゃんちに行ったついでに、この絵を見せた。そうしたら、「外苑絵画館前のイチョウ並木」という心象をすぐにわかってくれた。その上、「なかなかいい」という評をもらった! なによりもなによりもうれしい。

で、ちょっと気になった縁石に手を入れた。よし、よし。

(2022年描き初め)また(x5)クレヨン画を描いてしまった

クレヨン画をまた( x3)描いてみた

昨日午後、急に思い立って、また柴崎先生の動画を観ながら、クレヨン画を描いてみた。楽しかった!

この回は見るからにむずかしそうな「海の絵」。実はだいぶ前に観たときに、「こりゃだめだ」と思って、あきらめた。

その後、ダイソーに行く機会があって、先生と同じクレヨンを探したけれど、あいかわらず見つからず。別のお店でとうとう「ぺんてるくれよん16色」を買った。それでも、あまりに複雑に見えるこの絵に挑戦する気にはなれなかった。

ところが、昨日、昼ご飯を食べた後、本当に「急に」思い立って、描き始めた。

結果は……やっぱり無理だった……。

描いているときは、先生と同じようにすることだけを考えていて、全体を見ていない。何をどう描いているのだかわかっていない。だから、「波が波になっていない」ことや「砂地が砂地になっていない」こと、その他諸々のことにまったく気づかない。う~む……。

でも、楽しかった。中休みをはさんで1時間半くらい、夢中で描いた。楽しく時間がすごせたら、それはそれで大成功!

以下は、万が一(?)次回描くことがあったときのための覚え書き・注意事項。

①このクレヨンはすごくやわらかく(当地の気温のせいか?)、力を入れて塗り付ける感じ。だから、細い線は描けない。
②濃い色を塗ったあと、ひっかいても、白い紙の色が出てこない。その代わり、白を塗ると、百均クレヨンと違って、ちゃんと「上に乗る」。白くしたいところは「定規でひっかき」ではなく、重ね塗りで描くのがよさそう。
③やわらかいから、指とかやわらかい紙でこすると簡単に「ぼやける」。この効果をねらった場合はいいけれど、それでないと全体にぼやけて、何がなんだかわからなくなる。

等々。

最大の注意事項は、「描いているときに、全体を見なさい!」ということ。
特に、全体を見ずに、だらだらと手を入れていると、どこも同じ感じになってしまうので、ほどほどに。

小学校時代から図工コンプレックス(漫画チックな絵しか描けず、ものすごく画才のある友達がそばにいた)に苦しんできた文系シニア女子、柴崎先生と百均クレヨンのおかげで四枚目のクレヨン画を完成させた。

これからも時々「急に思い立って」描くというのがいいかもしれない。

◆サイト内検索で「クレヨン画」で検索すると、これまでのブログが見つかります。よろしかったらどうぞご覧ください。

◆最新クレヨン画は油絵の描き方動画を観ながら描いた動画です。

 

 

 

リスニング教材(Podcast)の選び方

外国語のリスニング教材を選ぶ時、一番大事なのは、自分のレベルに合ったものを選ぶこと。これを間違えるとまったく効果がない。

でも、これを見つけるのはわりと簡単。ちょっと聞いてみて、全部わかったら「やさしすぎ」、まったくわからなかったら「むずかしすぎ」。半分以上、60パーセントくらいわかるというのが、ぎりぎり聴き続けられる限度ではないかと思う。つまり理解度60~80パーセントくらいが私にはちょうどいい。

こんなことを今日考えたのは、ふと思いつて、スペイン語のPodcastを聴いてみたのがきっかけ。スペイン語は50年前(!)に大学で第二言語として学んで、その後、15年くらい前に2年くらい復習したけれど、理由があって縁を切った(いろいろ複雑な事情がある)。だから、今回たまたま見つけたPodcastがメキシコのものだったのは、幸運だった。

話が脱線しそうなので戻すが、先ほど、もう何年も封印していたスペイン語を聴いてみて、意外にも60パーセントくらい聴き取れたので、びっくりした。で、思い当ったのが、この話のテーマ。マヤ文明! 昔、(オカルト?)雑誌『ムー』や『世界の七不思議』みたいな本で何度も読んだやつだ! そりゃ聴き取れるわけだ。知っていることだもの。そこで、リスニング教材を選ぶ二つ目の要点。自分が興味があるテーマであること

それから三つめは、自分に合った話し手を選ぶこと。はっきりした話し方、標準的なアクセントをといったことはもちろんチェックすべき点だが、その人の声が個人的に好きというのも重要だと思う。それから、話し方とか話の内容から推察できるその人の考え方や性格、そういったものが自分に合っていないと、聴き続けるのはむずかしい。

この点で、今一番興味をひかれているのはフランス語Podcastを発信しているSolange/Inaさん。この頃よく見ている別のPodcastで紹介されていたので、観てみたら、ほとんど聴き取れない。たぶん理解度5パーセントくらい。でも、何かが伝わってくる

三日前、このPodcastを観ていたら涙が出た。彼女の魂の叫びが聞こえるようで、抱きしめてあげたくなった。たぶん、聴き取れたら「ゲシュタルト崩壊」を起こしそうな内容なのだと思う……。

最後になったが、現在急務となっている中国語のリスニング教材。これがなかなか見つからない。レベルで言ったら、ごく初歩のものをやるべきなので、いくらでもあるのだが、教科書的な対話練習はいくら勉強になるからといっても、退屈でできない。

やっと見つけたのは、台湾の方が出している下のPodcast。

聴き取れ度15パーセントくらいだから、かなりストレスがあるが、話し方とかが好き。同じ人が出しているほかのものをいくつか見てみたけれど、話題もなんとかついていける気がする。

実は今、中国語は新しいリスニング教材(書籍)を試しているので、これを真剣に聴く余裕はないが、ぼーっとしている時とかに流しておくのにいいかもしれない。

もう一つ見つけた中国語Podcast。話し方がゆっくりで、聴き取れ度50パーセントに激増! こんなにゆっくりでも半分しかわからない理由は、知っている単語でも、聴いただけではすぐわからないから。こればかりは、ただただ、聴き続けるしか方法がない。テーマに興味が持てるから、なんとかがんばって聴いてみたい。

知っている単語が聴き取れないというのが、今の私の最大の問題だと思う。「退屈だ」などと偉そうなことを言わずに、日常会話の勉強をしっかりやって、基礎を作ることが大事だとはわかっている。でも、やる気がでない……。(そんなことでは語学習得はできないよ!)

初中級フランス語リスニング教材

三週間ほど前に、中国語の聴き取りがむずかしいというブログの中で、睡眠導入のためにフランス語のリスニング教材を聴いているという話をした。この方法はある程度効果があったけれど、もう何年も続いている不眠はなかなか頑固。でも、この方法のおかげで、新しい楽しみが見つかった

前述のブログでもふれたが、フランス語は何十年も使っていないのに、思ったより聴き取れてびっくりした(と同時に、中国語よりも聴き取れることにすごくがっかりした)。それで、ほかにもリスニング教材がないかYouTubeで探してみたら、とてもよい教材(Podcast)が見つかった。

この回は「語学学習の効用」についての話だけれど、おそらく初級から中級に移るあたりの学習者向けに作られたものだと思う。ただし、コメントを見てみると、完璧なフランス語(に見える)で書かれているものが多いから、もっと上級者も観ているようだ。

このPodcastのいい所は、①個人的に興味を持てる話題が多い ②話し方がゆっくり。おそらく自然に聞こえるぎりぎりの速度。③語彙が外国語学習者に配慮されて選ばれている(ように思える)。少しむずかしい単語はやさしい言葉で説明してくれる。

コメントの中にも以上の三点を指摘している人がいたので、多くの人が同じように感じているのだと思う。

というわけで、最近はこのPodcastをよく聴いている。今までのところ聴き取り率は80パーセントくらい! 30年以上使っていないことを考えたら上出来。

フランス語の初中級学習者、あるいは私の場合のように、大昔にフランス語を勉強したことがある……という人にぜひ勧めたい。(脳のその部分が目覚めていく感じがします!)

 

本棚の上の神棚バージョンアップ

本棚の上に自己流で作った神棚。こんなご時世で、帰京もままならないから、2年前にもらったお札はもう効力はなくなっているかもしれないけれど、数日前、榊をAmazonで購入して飾ったら、「存在感のある」神棚になった。

1年くらい前から毎日お水を換えて、気持ちが落ち着いているときはお祈りしている。信仰心があるわけではないのだけれど、日本人だから「神頼み」はやはり「八百万の神」に限ると思っている。だから、その頂点(?)にいらっしゃる天照大神とイザナギの大神にはときどきごあいさつをしておきたい。

神様の前でお祈りする方法はいろいろあるらしいけれど、私は、一番一般的な祓言葉(はらえことば)と、最近見つけて、内容がとても気に入っている神棚拝詞(かみだなはいし)を唱えている。

祓言葉と神棚拝詞は神社によって、また人によって、微妙に異っているけれど、私が唱えているのは(本来のものはどこで見つけたか忘れてしまった!)ほぼ次のようなもの。

北海道神社庁

Q07 神棚にお参りするときは何と言ったらいいのですか?

祓言葉は、神社にお参りに行ったときにも唱えていいそうだから、次回、神社に行ったら、大きな神様のおうち(?)の前で唱えさせてもらおうと思う。

おもしろい現象の名前ベスト5

個人的ランキング第3弾(だったと思うけれど、忘れた……)。

かなり昔から、時々気になる「現象の名前」がいくつかある。いつかまとめておこうと思いつつ、今日まできてしまった。最近少し頭がぼんやりしてきたから、忘れないうちに書いておこうと思う。

5.デジャヴュ(デジャブ)
誰でも経験したことのある「デジャヴュ(既視感)」。フランス語のdéjà vu(すでに見た)が語源。「ここ、前に来たことがある」「こういう状況、前にもなったことがある」と感じるのだが、その事実は思い出せない現象だ。
これがなぜ起こるのか、説明はいろいろ試みられているらしいが、調べた限りでは定説はないようだ。個人的には、遺伝子に組み込まれた前世の記憶とか、人類の集合データクラウドからのダウンロード、命に係わる危険な状況・場所を知らせてくれる自然のメカニズムとか、オカルト的な理由付けをしている。いずれにせよ、ちょっと不吉な感じがするので、この現象に出会ったときは、「くわばら、くわばら」と唱えて「さりげなくやり過ごす」ことにしている。

4.ドッペルゲンガー
これには二つの意味があるらしい。自分自身の姿を見る一種の幻覚と、一人の人が同時に別の場所に姿を現す現象だ。よく、地球上には自分とそっくりな人があと二人はいるとか、ドッペルゲンガーに出会うと自分が(どちらかが?)死ぬといわれるけれど、いずれにしてもちょっと気味が悪い。
若かった頃、よく遊んでいた盛り場で、何人かの人に、行ったことのない場所で私を見かけたという話を聞かされた。結構近い場所だったから、ドッペルゲンガーとニアミスをしていたのかもしれない。こわっ!

3.シンクロニシティ
長い間、この言葉はオカルト的ですごくマニアックな言葉だと思っていたが、実は以外に一般的な言葉であることを最近知った。中には単に「偶然の一致」というような意味で使っている人もいるようだけれど、ユングの提唱したシンクロニシティ(よく「共時性」と訳される)という概念は、偶然の一致に「意味がある」ととらえるところが違うのだと思う。
個人的には「ああ、ロールキャベツが食べたいなぁ」と思ったら、観ていたテレビにロールキャベツが登場した……みたいなことがシンクロニシティの一番簡単な例じゃないかなと思う。それにどういう「意味」があるかはわからないけれど。

2.ゲシュタルト崩壊
一番有名な例は、文字を見ていて、その個々の部分がバラバラに感じられる感覚。例えば、多・今・若・を・ルなどがこの現象を起こしやすいと言われる。ただ、私は文字でこの崩壊を起こした経験があまりない。
私が小さい頃から、経験していたのは「鏡で自分の顔を見ていると、自分がだれだかわからなくなる」という現象。大人になってから、これも一種のゲシュタルト崩壊であることを知った。
これはちょっと危険で、精神が崩壊することもあるらしい。実際、子供の頃感じた恐怖は今もよく覚えている。だから、鏡を見るときは絶対見続けない、「あなたは誰?」という質問もしない。

1.ジャネの法則
第一位にした理由は、この名前を知った時「こんな現象にも名前があるんだ!」とひどく感心したから。簡単に言えば、「歳を取ると時間が経つのが速く感じられる」現象。
この名は発案者である19世紀のフランスの哲学者、ポール・ジャネに由来する。このように感じられる理由は「50歳にとって1年は人生の50分の1に過ぎないのに、5歳にとっての1年は人生の5分の1だから」ということらしい。
なるほど!と納得できるようなできないような……でもこの法則は絶対あてはまる! 60歳を過ぎてから一年があっという間に過ぎていく! 本当にあっという間なのだ!

三回目のワクチン接種

すばやい! シンガポールは何でも即実行。少し前に、「ブースター」ワクチン接種を検討中……とニュースで言っていたと思ったら、昨日、高齢者対象に「ワクチン予約受付始まりましたよ」というお知らせがSMSで来た。そして、そのままMOH(健康省)のウェブサイトに行ったら簡単に予約ができて、近くのコミュニティーセンターで今日の午後、接種を受ける運びになった。

ちなみに、三回目のワクチン接種の「治験」のモルモットになる(悲壮な)覚悟はできている。若い人の前に年寄りがやるしかないんじゃ!

会場についたのが指定時刻2:00の10分前。すぐに「問診」的なことがあって、7分後には接種を受けていた。30分の「経過観察時間」も入れて、到着から40分ですべて済んだ。そして、出口では「お土産」までもらえた!

今、8時間くらい経っているけれど、夕方猛烈に眠たかったのと、ワクチンを受けたあたりが徐々に痛くなっていること以外は、今のところ異常なし。前回同様、副反応が少なくてすむといいけれど……。でも、今日の新聞には、「ワクチンで副反応がしっかり出たほうが変異種に対抗する抗体ができますよ」みたいな記事があった。ワクチン接種を推し進めるための記事だとは思うけれど。

ともかくも、「かかりにくくなる、かかっても軽症ですむ」ということが少しでも期待できるなら、受けたほうがいいかなと思う。ま、そもそも、この国では「ほぼ強制」だから、受けないという選択肢はないけれど。いずれにしても、ウイルス自体も、ワクチン自体もあまりよく正体がわかっていない(私には)わけだから自己責任で自衛するしかない(「しない」という選択も自己責任だけれど、そういう人は他人に移さないようにしてね~♬)。