『大胡笳』の復習終わった!

先日の『大胡笳』の復習開始のお知らせブログに♡マークを三つもいただいた! それで、張り切って練習して、6日後の今日、一応の復習が終わったので、ご報告をすることにした。

この曲はとても長いことに加えて、「ほぼ忘れていた」ので、最初が本当に大変だった。でも、半ば過ぎるころから、なんと、「思い出してきた!」それで、4日目くらいに一応最後まで楽譜を見ながら弾けるようになった。

それから暗譜を試みたけれど、これが大問題。何しろ、かなり年季の入った「記憶装置」だから、詰めても詰めても出ていく……。雑念が入ったりした時には、あれよという間にどこを弾いているんだかわからなくなる

ただひたすらに弾いて6日目の今日、行き詰まりを感じて、ふと思い立って、戴晓莲老師の動画を観直した。すばらしい。もっと早く観直すべきだった!

一年半ほど前まで習っていた先生の先生だから、彼女の弾き方を学ぶのならば、とりあえずOKだろうと思って観始めたけれど、習った弾き方とは微妙に違う。どちらの方法で弾くのがいいか?

今は独習中の身だから、自分の好きな方を採用する(偉そうに!)ことにして、一部戴先生方式に変えることにした。そのため、何度も動画を観ているうち、いろいろ直したくなって、今日は半日、といっても2時間くらい、徹底研究に費やした。

おもしろい! 戴先生の動画は「簡略版」だが、それでも13分ある。手元にある楽譜は多分その3割増しくらいか? おそらく20分近くかかるだろう。でも、この曲はテーマが比較的わかりやすい(異国の地に二人の幼い息子を置いて、故国に戻る母親の想い)ので、ある意味弾きやすい。

一応最後まで復習できたところで、本来はここから「弾きこむ」のだろうけれど、ルンルン気分の今は、次の『龙朔操』の復習に早くとりかかりたい……。厳しい先生の耳に入ったら、雷を落とされそうな話! でも、楽しいから弾いているんもん♪ 好きな曲をたくさ~ん弾きたいよお!

『大胡笳』の復習開始

最近ずっと、『广陵散』以外に練習していたのは、『离骚 』と『华胥引』のみ。古琴を弾く人はご存じと思うが、この二曲を弾くためには、ほかの多くの曲と異なる音程に調弦しないといけない。そして、私の古い方の古琴は弦を巻き取る「ペグ」(中国語の名前を忘れた)がものすごく固くて、調弦に時間がかかるし、指先が痛くなるので、一度変えたら数日は変えたくない。

だからこの二曲を必死で復習した。『华胥引』は私の持っている楽譜だと見開きの2ページに収まる短い曲だから、すぐ復習できた。問題は『离骚 』。楽譜で言うと9ページの長さ。おまけに「ほとんど忘れていた」。だから、復習に一週間以上かかった……。とても好きで、よく弾いていた曲だったのに!

そして、やっと昨日、別の曲の練習のために調弦を変えた。こうなると、『离骚 』はまたいつ弾くのかわからない。また忘れてしまうのだろうなぁ……。

今回の調弦で弾ける曲は『大胡笳』と『龙朔操』。二曲とも、異国に連れていかれてしまった悲劇の女性にまつわる曲で、『离骚』同様、よく弾いていた曲。

まずは『大胡笳』から取り掛かったけれど、昨日はまったく思い出せず、結局1ページの半分くらいの第一段を、「新曲を弾くように」練習したところで力尽きた。

今日は少~し思い出してきたけれど、やっと2ページ4段までという感じ。全部で12ページもあるから、この調子だと10日くらいかかりそう。嗚呼!

『广陵散』は一日でも弾かないと、すぐに頭から抜けることがわかったから、30分かかる通し弾きが欠かせない。おまけに30分「ぶっ通し」で弾くと、もう、細かい部分練習のための気力が残っていない。ほかの曲を練習するなど、もってのほか。だから、午前中の練習はそれでおしまい。(こういうのも本末転倒って言う?)

そんなことでいいんかいっ!!

ちなみに、『广陵散』も調弦の仕方が特殊。しかも、お手本としてい管先生の動画中の古琴が普通より半音高めに調弦されている。だから、うちの二台ある古琴のうち一台は、それに合わせて調弦し現在、『广陵散』専用になっている……。

今日はこれからもう一度『大胡笳』の練習。午後やった4段まで、覚えているかなぁ?

『広陵散』(全45段)を聴く

三人の名演奏家による、45段構成の『広陵散』。それぞれに個性のある、すばらしい演奏。このページで一つにまとめておいて、何度も聴き返そうと思う。

管平湖 (1897-1967)
1953年にこの曲を打譜してくださった。その譜を見ながら聴いていると、本当にていねいに弾いていらっしゃることがわかる。まるで「こんな風に弾きなさいよ」と教えてくださっているよう。

吴景略 (1907-1987)
指が古琴の上を自由自在に動き回っている。楽器と人と音楽とが完全に一体化しているような感覚。そして、自由! 自由! 何にも囚われることのない自由がここにある。

吴文光 (1946- )
曲を解釈し、それを表現するというのはこういうことなのか。切々と情を訴えるとはこういうことなのか。曲の意味をとらえること、感じることが大切であることを教えてくれる。

◆最初の二つ動画には画像がついていないので、本当に二人の演奏家によるものか、疑問を呈しているコメントもありました。確かに、文化革命の時期に、古琴の記録は多くが破棄されたと聞いています。そのような歴史的背景も含めて、耳を傾けたいと思います。

管老師の動画を見つけた!

独習を続けている『广陵散』のお手本としているのは、管平湖老師の「音だけの動画」。どんな姿で演奏なさっていたのか一目見たいものだと常々思っていた。

そんな折、1956年のニュース画像らしい動画をたまたま見つけた。その中で、ほんの数秒だけれど、老師の姿が映っていた。感激!

 

『广陵散』全45段通して弾いてみた

数日前に全45段を暗譜で弾くことができた! ただし、たった一回だけ。そのあとも、毎日試みているけれど、だいたいどこかで頭が真っ白になって、楽譜を見たり、少し前に戻って弾き直す結果に終わっている。下の録音も、間違えて、そのままだったり、弾き直したりしている箇所が多々あるが、一応「止まらずに」弾いているので、記録として残しておくことにした。

多分、今のところはこれが精いっぱい。管老師のお手本が22分くらいで、この録音は23分30秒あまり。老師の演奏ははじめはゆっくり、最後は超高速(に聞こえる)だが、私の速度はほぼ一定。つまり、前半は速すぎ、28段以降は遅すぎ、ということになる。そして、結果的に1分半の差に収まっているけれど、実際は速度だけではなく、弾き方があまりに「のっぺり」していて、稚拙。

でも、ともかくここまでたどりついた。ここからが本当の出発。

これからの練習がまた楽しみ!

 

古琴練習生のつけ爪報告

久しぶりに「つけ爪」の報告。このあいだの最後の「爪報告」はいつかな……と思って、ホームページ内検索をしたら、なんと2019年の5月! 「しばらくつけ爪の報告していないなあ」と思ったら、もう二年も経っていた。

この二年の間に何度も爪をつけかえているが、結局のところ、「ダイソーの爪」に「アリアの接着テープ」というのに落ち着いている。ただ、最近、接着テープの接着力が落ちている。二年前に買いだめたものなので、そりゃもう賞味期限が切れている……。でもおかげで爪の取り換えの時に、接着剤が爪からはがれやすくて楽。

実は一か月くらい自分の爪で弾いていた。「あ、自爪で大丈夫じゃない……」と思いかけていたところ、今日よく見たら、爪の表面がガサガサして、薄さが半分くらいになっていた。そして、つけ爪をつけてから『广陵散』を弾いてみたら、とても弾きやすかった! それに、通し練習もこれまでの最高記録24分! もちろん爪のせいだけではないだろうけれど、やはり「まともな爪」で練習するのは大事。

でも、調子に乗って、さっきまた通し練習をしようとしたら、途中で集中力がプチーン!と切れて、自分が曲のどこにいるかわからなくなって、断念。やはり一日二回通し練習はきつい! また明日をお楽しみに!

『阳关三叠』のカラオケビデオを作った

自分が弾いているところを動画に撮ってみるとよくわかる。下手くそ! iPhoneを頭上に設置して撮影しているから、音がきれいに拾えないのはわかるけれど、それにしてもだ。このひ弱な、ぶちぶち切れた音はなんだ! 恥ずかしい!

でも、古琴、好きなんだよな~と、次の瞬間に思う。それに、練習生であることを初めに断っているから、みなさん、下手くそを承知で観てくださるわけだから、他人には迷惑をかけていない…と思うから、ま、いっか。

ということで古琴カラオケ動画、第三弾をアップしました。例によって、練習、撮影、編集にものすごい時間がかかっています。さらに、今回はその前に、歌詞の訳にとても苦労しました!

でも、おかげで、歌詞がだいぶ頭の中に入った。まだ弾き語りは無理だけれど、このビデオを観ながらなら歌える! 今回はそれが最大の収穫。また次の挑戦が楽しみ♪

 

古琴曲『阳关三叠』の歌詞試訳

この数日、必死で「謎解き」をしていた。その「謎」は古琴曲『阳关三叠』の歌詞。その日本語訳を試みていた。

出だしの一行のあと、四行は王維の有名な漢詩《送元二使安西》そのままで、日本語訳もたくさんインターネット上にあがっているが、古琴曲のために付け足された部分は日本語訳が見つからない。(現代中国語訳はあるにはあるが、よくわからない。)

古琴でこの曲を練習する時、弾きながら歌うことはできないにしても、心に歌詞を思い浮かべたい。そう思って訳に取り掛かったが、思ったより難解。どうしてもわからないところもある。でも、こればかりやっているとほかのことが何もできないので(マルチタスク苦手!)、ひとまずブログにあげておくことにした。

(上のブログを書いた翌日の追記:「仮訳」をQ先生に見てもらい、訂正を入れていただいたので、一安心(!)。古琴の練習に集中できる。谢谢Q老师!)

諸般の事情から日本への一時帰国もままならない現在、友や家族との別れは他人ごとではない。いくらFaceTimeでおしゃべりできたって、埋められない寂しさはある。

この詩はもっともっと厳しい別れを歌っているのだけれど、最後に、手紙をやりとりすること、そして夢で出会うこと、その二つに希望を託すように訳してみた。悲観主義の私だけれど、どんなときも希望を持てるようになりたいから。

清和节当春。
季節は清和、春の頃
渭城朝雨浥轻尘,
渭城に降る朝の雨が、土埃を湿らせて
客舍青青柳色新。
宿の柳を鮮やかな緑にそめる
劝君更尽一杯酒,
さあきみ、もう一杯、酒を飲み給え
西出阳关无故人。
陽関から西には親しい友もいないのだから

霜夜与霜晨。
夜も寒かろう、朝も寒かろう
遄行,遄行,
急げよ、急げ
长途越渡关津,
関を越え、川を渡るその道は長く
惆怅役此身。
心がなえ、身はやつれる
历苦辛,历苦辛,历历苦辛,
苦しいことが続くだろうが、
宜自珍,宜自珍。
どうか身体を大切にしてくれ

渭城朝雨浥轻尘,客舍青青柳色新。
劝君更尽一杯酒,西出阳关无故人。

依依顾恋不忍离,
名残は尽きず、心残りで離れがたい
泪滴沾巾,
涙で布が濡れている
无复相辅仁。
もう互いに助け合うこともできない
感怀,感怀,
さびしさで胸がいっぱいだ
思君十二时辰。
きみのことをずっと考えるよ
商参各一垠,
ぼくらはまるで離れ離れの星のようだ
谁相因,谁相因,谁可相因,
これから誰を頼りにしたらいいのか、
日驰神,日驰神。
それだけを一心に思う

渭城朝雨浥轻尘,客舍青青柳色新。
劝君更尽一杯酒,西出阳关无故人!

芳草遍如茵。
春の草が一面に生い茂る
旨酒,旨酒,
目の前に並ぶ美酒
未饮心已先醇。
飲まずとも、もう心は酔いしれている
载驰骃,载驰骃,
駿馬に乗り、駆け抜ける
何日言旋轩辚,
いつになったら帰って来るのか、
能酌几多巡!
あと何回一緒に飲めるのか!
千巡有尽,
何度も飲み交わせば酒は尽きるが、
寸衷难泯,
友を思う心は消え難く、
无穷伤感。
悲しみは限り知れない
楚天湘水隔远滨,
湘水に隔てられた渚のように遠い彼方から
期早托鸿鳞。
早く手紙をおくれ
尺素申,尺素申,尺素频申,
そうだ手紙だ、手紙をたくさん書こう、
如相亲,如相亲。
そうすれば会っているのと同じだから
噫!从今一别,
そうさ! 今日離れ離れになっても、
两地相思入梦频,
思い合っていれば、夢の中でいくらでも会える
闻雁来宾。
雁が手紙を運んでくるのを首を長くして待っていよう

◆このあと、『阳关三叠』のカラオケビデオを作ってみた。これを観て歌の練習をして、「弾き語り」ができるようになったらいいなぁ!

 

『关山月』のカラオケビデオを作った

すっかり停滞気味の『广陵散』独習プロジェクトを気にかけつつ、二日かけて、新しい古琴動画を作った。ただし、動画と言っても、映像は静止画。それに曲の解説と、歌詞(ピンイン付き)の字幕を入れて、観ながら歌の練習ができるようにした。

本当のカラオケのように、歌とともに文字の色が変わったりするわけじゃないから、メロディーにどう歌詞をはめ込んだらいいか、この動画を観ただけではわからないので、下準備が必要だけれど、さっき歌ってみたら、意外とうまくはまった。最後をゆっく~り歌うのがミソ。

さあ、『广陵散』の練習に戻ろう!

『广陵散』独習計画のその後

無謀なる『广陵散』独習計画は継続中ではある。しかし、難航している。最近は一週間に一度ほど、なんとなく休んでいる。そして、次の日に、すでに忘れている箇所を見つけて、「ギャ~」と心の中で叫び声をあげている。

ムンクの『叫び』は、この人が叫んでいるのではなく、「自然の叫び」を表現した、本当はもっと怖い作品らしい。が、それはともかく、『广陵散』独習は暗礁に乗り上げている。

練習を始めてからもう7か月をすぎたし、もともと持っていた楽譜になかった部分の解読を始めてからも、もう二か月近く経つ。でも、まだ最後の部分は暗譜できていないし、楽譜見ながらでも、全体を通して弾くことができない。体力と集中力が持たないのだ。

管老師は全部を23分ほどで弾いていらっしゃる。私は、つっかえつっかえ弾いて、最後に入る前の数分間の休憩を除いて、今日は50分かかった。これでも自分としてはベスト記録。

そして、あいかわらず先生には見てもらっていないから、完全に間違った弾き方をしている部分も多々あると思う。「この練習に何か意味があるのだろうか?」と不安になる一瞬。

でも、弾いていると何もかも忘れて、音の波の間に漂っていられる。だから弾く。だから古琴大好き。

それに、昨日、YouTubeの古琴チャンネルの登録者が一人増えた(現在9名)! うれしい! 『广陵散』に進歩が見られないから、もうずっと動画を上げていないのに。応援してくださっている方々に感謝の気持ちを込めて何かアップしたいのだけれど、どれもつっかえずに弾けない!! もうしわけない!

ちょっと過労気味かもしれない。