『自分の「異常性」に気づかない人たち』草思社

インフルエンザ回復期にあって、まだだるい身体と無気力な精神を持て余しながら、一気に読んだ。おもしろかった。高齢者の心の問題などもとりあげられていて、非常に興味深かった。

一番感じたのは、心の「傾向」はそのことで本人が苦しんでいる、「あるいは」周りの人に迷惑がかかっている、この二点のいずれかの条件が満たされた時「障害」や「病気」となるということ。いずれも満たされていなければ、単なる「個性」にすぎない。

でも、ひとたび「病気」だとわかったら、手遅れになる前になんとか治療したい。症状を緩和したい。それにはいろいろな方法があって、必ずやその人に合った方法が見つかる。そう信じたい。

同じ草思社の本で、6年ほど前に再読した本。精神医学の世界では古典的な名著らしい。当ウェブ管理人はかなり昔に読んだことがあったが、読み直した時に、やっとその内容を現実の世界とつなぎ合わせることができた。

それまでは自分の周りに「邪悪な人間」がいることを知らなかった。今でも思うが、実際「いなかった」のだと思う。そう思っていたこと自体、幻想、妄想に近い、思い違いも甚だしい話なのだが、60近くまでそういう「おとぎ話」の世界に住んでいた「おめでたい」人間もこの世にはいるものなのだ…まったくおめでたい話。

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『大家さんと僕』新潮社

今日紹介する本は珍しく新刊書でベストセラー、話題となっている本。お笑い芸人として活躍している矢部太郎さん作の漫画。何度も読み返す漫画本は少ないのだけれど、この本は読み終わってからすぐまた読み返してしまった。そして、大家さんが最後に入院するあたりからはまたまた読み返してしまった。

一言で言えば、読んだあと心があたたまる本。漫画ファンを自称しながら、恥ずかしいことにまったく知らなかったけれど、去年(2018年)手塚治虫文化賞短編賞を受賞した本だった。文章も絵も、ほのぼのとした感じで、本当に心があたたまる。ああ、こんな人たちもいるのだ。この世はまだ捨てたものじゃない……かもしれない……と、希望の光を感じた。

管理人が読んだのは全二冊のシリーズの二冊目だったので、今日早速一冊目と、『番外編本』というのを買ってきた。また読むのが楽しみ!

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“The Leeter Tunku” Edition Tintenfaß

This is very interesting book. As we can see on the front page, it is written in “Singlish”. I can only guess “Leeter” may come from the pronunciation of “little” changed into Singlish (Singapore+English) and  “Tunku” may mean “Prince”. I checked on the web and found out that it is a Malay word for prince. Other than those, there are a lot of words in the text which I can only guess they may come from Chinese, Malay or probably from Tamil languages. Singapore really has a unique mixed culture!

The other thing which I am interested in is the chart at the end of the book which shows “how to say ‘Little Prince’ in different languages” . Although the font is very small and for my aged eyes it is a bit difficult to read, I found it quite interesting. This list contains 109 languages, including Morse code!…..but not Japanese…I wonder why it doesn’t have Japanese nor Chinese (it may have them but I couldn’t find them…). Maybe the problem with fonts?

Anyway, just for information, literal translation of “Little Prince” in Japanese is 小さな王子 (Chiisana Ouji), but the Japanese version of this book in general has slightly different title, 星の王子さま (Star Prince). (see the front page of the book)

いろいろな意味で、ちょっとショックを受けた本。表紙の左下にあるように、Singlish「シングリッシュ(シンガポール風英語)」版の『星の王子様』。まず、タイトルからして、よくわからない!!Leeterはたぶん英語の little をシンガポール風に発音した「リートゥ」みたいのをまた文字に戻したもの(?)。Tunk は「王子様」なんだろうな、と察しはつくけれど、ウェブで調べてみてやっとわかった。マレー語で王子様の意味。ほかに、おそらく中国語の「那」から来たと思われる nah という言葉など、本文中にも意味がわからない単語、続出。要するに、英語に中国語とマレー語が入り混じっている。おそらく、タミール語も混じっているのだと思うが、当ウェブ管理人には見分けがつかない。シングリッシュ恐るべし! と感嘆するばかり。

巻末にある「いろいろな言葉で Le Petit Prince(フランス語原題)を何というか」、というリストも面白い。でも、109個の言語が載っていて、モールス信号での言い方まで載っているのに、日本語がどうしても見つけられない(活字が小さくてよく見えない!)。中国語も載っていないみたい。もっとよくみたら見つかるかもしれないけれど。ハワイ語まで載っているんだよ~。どうして日本語がない?

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『生き方』サンマーク出版

日本を代表する大企業、京セラ、KDDIの創業者にして、日本航空の会長も務めた企業人、稲盛和夫さんが書いた「生き方」。「ビジネスマン」嫌いの管理人がなぜこんな本を買ったかというと、本屋さんでパラパラとめくった時、最初に目に入ったのが次の一節だったから。「嘘をついてはいけない、人に迷惑をかけてはいけない、正直であれ、欲張ってはならない、自分のことばかりを考えてはならないなど、だれもが子どものころ、親や先生から教わったーーそして大人になるにつれて忘れてしまうーー単純な規範……」この一節を読んで、「まったく同感!」と思うと同時に、こんなことを堂々と本に書ける人ってどんな人だろうと興味がわいた。

出家をしているという稲盛さんの言葉。「ん?」と思った箇所もなかったわけではないけれど、あちこちに珠玉の言葉がちりばめられていて、本は付箋だらけになった。凡人にはとても届かない高みにいる人なのかもしれないけれど、それでも、生まれた時より少しでも「まし」な人間で死ぬことが人間に与えられた役目である、という彼の考えに従えば、まだ自分にも希望があるのかもしれないと思う。

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『星の王子さま』岩波書店

50年以上前に姉から贈られた本。とても好きな本の一冊。これまで何度も読み返した。いろいろな国の言葉のものがほしいなと思って、チャンスがあるたびに手に入れたので今は日本語以外に六冊。左上から時計回りに、英語、フランス語、スペイン語、ドイツ語、中国語、韓国語。そのうち、原作のフランス語と中国語のものは読んだ。

そして、今日、棚から見つけたのがレコード。昨日の友達からのメールに、「ジェラール・フィリップの『星の王子さま』の朗読をYouTubeからダウンロードして、フランス語を復習しようと思う」と書いてあったのを読んで、待てよ? 私はたしかレコードを持っていたぞ! と思って探したら見つかった。

そして、去年手に入れたレコード・プレーヤーで聴いてみた。すごくいい。お話の筋はほぼ頭に入っているし、おそらく当時、何度も聞き返したからだろう、フランス語がかなり聞き取れて、びっくりした。もう何十年も使っていない言葉なのに。バラやキツネとの王子さまの会話に胸が震え、最後、王子さまが「星に戻っていく」シーンでは涙が出た。

また書籍に話を戻すと、版権が切れた数年前から、何人もの訳者がこの本を訳している。今ちょっと音読してみたら、オリジナルの訳本は、ちょっと言い回しがむずかしいところがある。新しい訳も読んでみたい。

今気が付いた。今日は7月14日。フランスの革命記念日。フランスにとって大切な記念日に、フランス文学の名作を紹介することになったのは奇遇(?)。

 

 

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『离骚』热带出版社

戦国時代、楚の国の愛国の政治家・詩人として有名な屈原(340BC-278BC)が書いたと言われる長編の詩『離騒』(屈原自身が実在の人物か、あるいはこの詩を書いたのは屈原かなど、諸説あり)。今日は彼の命日五月五日(旧暦)、端午の節句なので、未読だけれど手元にあるこの本を紹介する。

屈原は秦にだまされてばかりいる国王に何度も進言するが聞き入れられず、とうとう国王は囚われの身に。国の行く末を憂えた屈原は石を抱いて川に入水したという伝説がある。そのとき、人々が彼の魂を慰めるため、あるいは彼の身体が魚に食べられないようにと、お米を葉っぱに巻いて水に沈めたのが「ちまき」のはじまりとも言われている。また、シンガポールでも行われる、ドラゴンレース(龍の飾りのついた船の競争)の起源も、屈原の供養のために行われた祭りにあるそうだ。

この本はシンガポール国立図書館の入り口の横にある、「不要本交換コーナー」に置いてあって「ええっ!こんな本があるんだぁ」と思って、もらってきた。というのは、中国語原文に英語と、おそらくマレー語(「目次」がKandunganとなっていて、マレー語っぽい……)、そしてなぜかフランス語の翻訳がついていたのだ。原文は古代中国語(?)で、ばりばりの文語体だから、ほとんどわからないが!

英語訳文から察するに、「私は高陽帝の子孫で、父の名前は伯庸……」といった感じで始まっている。そして、最後は「もはや正しき政府のもとで働くことはかなわなくなったので、私にできる唯一のことは、かの殉教者彭咸の跡を追うことだけだ」と、魂の叫びで終わっている。すごい。

実は古琴にも『離騒』というタイトルの曲がある。もちろん、この詩に基づいて書かれたもの。叶うかどうかわからない夢だが、死ぬまでにいつか弾いてみたい曲の一つ。さあ、今日もがんばって『欸乃』練習するぞ!

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『でっちあげ』新潮文庫

帯にある通り、「読み終えるまで眠れな」くて昨夜2時半まで、四時間かけて一気に読破した。これまた帯にあるように、「すべて濡れ衣だった」という結末はわかっているし、タイトルやサブタイトルからいわゆるモンスターペアレントの話だとは察しがつく。それでも、読み始めたらやめられなかった。

虚言癖のある人を知っている。人を欺くことにまったく抵抗がない。時には嘘をついている意識すらない。嘘を本当に見せるために、「証拠」をねつ造したり、善意あるいは悪意の「共謀者」に話を合わせてもらう「工作」を、なんのためらいもなく行う。そういう人と、それと同類の人たちを知っている。だから、この本の「原告」たちのような人が存在していて、今もまったく何事もなかったかのようにのうのうと暮らしているだろうことは容易に想像がつく。

子は親の鏡とよく言う。本当にそうだなと思う。子は親を見て同じように育つ(ことが多い)。いつも嘘をついてばかりいる親のいる家族は、おたがいに嘘を付き合って生きている。それがわかってはたから見ていると、滑稽にも思えるが、恐ろしい。

十年後に教師の「冤罪が晴れた」ことが大きな救い。

+2

『僕たちはもう働かなくていい』小学館新書

「敵を知り、己を知れば百戦危うからず」——この本の外表紙の帯っぽいところのコピーを読んで、アナログ人間の管理人はそう思った。おもしろかった。一日で一気に読んだ。違和感はすごくある。つくづく自分はアナログ人間なのだと再認識した。心に残ったホリエモン語録:

「私たちはもしかしたら、人間として生まれて、人間のまま死んでいく、最後の世代かもしれない」——同感。大好きだったロビン・ウィリアムズの映画『アンドルー』を思い出した。あのロボットはロボットとして生まれ、人間として死んだ。

「人間は心と身体と社会からできている」——これはホリエモンのオリジナルの言葉ではなく、多くの分野で言われていることらしい。このブログでも取り上げた『アルツハイマー病は治る』の中で、運動と知的な刺激と社会参加がその予防と治療の鍵であることとつながっているような気がした。

「外国人の労働者をアテにするより、各業界でロボット化を急いだほうが、よっぽど問題の根本的な解決につながるはずだ」——同感! 同感! 言語や文化、国民性の違いとか考えたら、AIのほうが絶対適応性があるし、サービスを受ける側もストレスが少ない。多くの国を見て、その轍を踏むな!

「働かなかったら、何をするの? どうやって生活するの?」 という素朴な疑問に対しては、「好きなことをやって食べていける時代が来ている」というのがホリエモンの答えのようだ。一理ある。ある意味すばらしい世界なのかもしれない。でも、私は人間のまま死んでいける世代でよかったと思う。土曜日に歯医者でインプラントを入れてもらっただけで、一歩「機器人」に近づいたような気がしているアナログ人間は、人類の未来がどうしても明るいものに思えない。

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『人口論』講談社まんが学術文庫

イギリスの経済学者トーマス=ロバート・マルサス(1766-1834)によって書かれた『人口論』。たぶん高校生くらいのときに名前だけは習った。でも、書名から「人口に関する話だろう」ということを理解しただけで、それ以上の興味はわかなかった。

最近「ハマ」っている講談社のまんが学術文庫の最新刊がこの本だったので、早速買ってみた。漫画だからあっという間に読める。このシリーズの本を読むといつも思うのだが、いったいどれくらい原作を反映しているのだろう? 同じシリーズで出ている『罪と罰』は、記憶にある、原作を読んだ後の(といっても読んだのは半世紀くらい前だが)暗くジメジメした印象が、そのままによみがえってきた。でも小説とは違う、こういった「学術書」はどうなのだろう?……と疑問・興味を持ったら原作を読むべし!ということなのだろう。とくに『人口論』は、人口過剰や食料不足が問題となりつつある今こそ読むべき本かもしれない。

このシリーズは去年(2018)4月に創刊された。巻末にある野間省伸さんの「創刊の辞」は何度読み返しても感動する。まんがは大好きだ。このすばらしい媒体を使って、人類の叡智をできるだけ多くの人に伝えようという、講談社さんの意気込みが熱く伝わってくる。この言葉と、シリーズの創刊当時の帯に書かれていた言葉に魅かれてつい買い始めてしまった――「まんがでちゃちゃっと4000年!! 読んでおきたい人類の叡智を、面白く読破!」。

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『唐代の人は漢詩をどう詠んだか』岩波オンデマンドブックス


李白は自分の詩をどう詠んでいたのだろう?という素朴な疑問から、唐の時代の発音が知りたくて、ウェブをサーチしていた時に、写真の右側の『唐代の人は漢詩をどう詠んだか』という、そのものずばりの本を見つけた。「オンデマンド」という新しいやりかたの出版方法をとっている本だった。ソフトカバーでシンプルな装丁だけれど、普通に売っている本と変わりがない。

ところが、シンプルな外観に隠れた内容がすごかった! 「音韻学」という学問を使って、昔の人の発音を再現するという、言葉と歴史が好きな人にはたまらない話題! たとえば、杜甫の有名な詩『春望』の出だし部分、「国破山河在」、書き下し文でいうと「国破れて山河あり」、現代中国語での発音は「guo(2)po(4)shan(1)he(2)zai(4)」が、なんと「クォッ(ク)・プゥワ・シァン・ガア・ジァイ」みたいな発音になる。字で書くと、ちょっと似た発音に見えるかもしれないが、実際は「ウッ」と詰まったり、「ハッ」と強い息と一緒に出したり、唐の時代の人たちの発音はかなり強烈。聴いた感じが福建語や、台湾語に似ているかもしれない。

同じ著者による左の本は、発音だけでなく文字についても詳しく書かれていて、これも非常に興味深い。

奈良や平安の時代の日本語の発音も今のものとはずいぶん違っていたらしい。どんなだったのかな・・・と興味がふくらむ。

(続報)唐の時代の中古漢語で、李白の『関山月』という詩をもとに作られた琴歌(古琴の弾き語りの曲)を歌ったものをYouTubeで見つけました。それに関するブログ(中国語)と動画へのリンクはこちらからどうぞ。(20191101)

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