六十の手習い古琴曲集


60を過ぎてから古琴を習い始めた当ウェブ管理人が、これまでに習った曲の簡単な紹介です。数字で表した年月日は、ブログで取り上げた日付で、数字をクリックすると個々のブログに飛びます。ブログにはだいたい参考動画へのリンクがついていますのでぜひご覧ください。

お断り:情報は、習っている先生からの話や、ウェブ情報をもとにした個人的見解です。その点をご了承の上、ごらんください。

1.『仙翁操』20181212
古琴を習い始めたとき、だいたい最初に習う曲。調弦をするときのように、異なる弦で同じ音程の音を連続して弾く箇所が多く、『調弦入弄』という別称もある。「得道仙翁,得道陳博仙人翁……」という歌詞(諸説あり)もある。

2.『秋风词20181126
かの有名な唐の時代の詩人、李白(AD701-762)の詩に合わせて作られた古琴曲。この詩は、李白にはめずらしく(と私は思う)恋心を詠ったもの。詩の最後はこう終わる――「こんなに苦しいものだと知っていたら、最初から好きにならなかったのに……」。琴歌として歌うこともできるが、キーが高い!

3.『阳关三叠』20181225
書画に秀で、琵琶の名手でもあった多才な詩人、王維(699?-761)の『送元二使安西』という詩(七言絶句)をもとに、唐の時代に作られたと言われる曲。弾き語りができたらすばらしいと思うが、上記の詩にさらに付け加えられた部分がとても長くて、覚えられない!

4.『酒狂』20181225
三国時代魏の国の詩人、「竹林の七賢人」の一人阮籍(げんせき)(210-263)が作ったと言われる古琴曲。もちろん、ただの酔っ払いの曲ではなく、国を憂える阮籍の思いが込められているそうだ。はじめて聴いた時、バロック音楽を聴いているような感じがしたのはなぜか?

5.『归去来辞』20181226
日本でも有名な陶淵明(AD365-427)の詩に基づいて作られた曲。「歌詞」は「さあ帰ろう(帰りなんいざ)」という言葉で始まり、最後は「天命を受け入れた今、もはや何の迷いもない」いった達観の境地で終わる。陶淵明の故郷での田園生活への思いが込められている。

6.『韦编三绝』20181229
大昔の中国の書籍は、牛の革ひもを使って細く切った竹の冊をつないだものだった。韦编三绝はそのひもが擦り切れて何度もつけかえるほど本を読むという意味。孔子が『周易』という本を読んでいた時の逸話がもととなった成語。ブログ中の参考動画中にある古代中国の「図書館」風景がおもしろい。

7.『普安咒』20190731
「普安咒」はお経の名前。そのお経をもとに作られた曲だとか、お経の唱え方を学ぶために作られた曲(琴譜の横に書かれていた梵字がそのような意味だったらしい)だとか、お経を作った普安禅師(1115-1169)というお坊さん本人が作った曲だとか諸説がある。

8.『关山月』20190729
今よく弾かれる古琴曲『关山月』は、山東地方に伝わっていた民謡をもとに清代末期に作られたと言われている。1931年に刊行された『梅庵琴谱』に同名の李白の詩が付いた楽譜がある。短い曲なので、ぜひ弾き語りに挑戦したい。

9.『鸥鹭忘机』20190818
タイトルは、カモメやサギといった海鳥が「機」(賢さ、器用さ)を忘れるといった意味。『列子・黄帝』にある、故事をもとに作られた古琴曲。いくつかの琴譜が伝えられているが、よく弾かれるのは1802年に出版された『自远堂琴谱』に収録された楽譜。最初のハーモニクス部分がとてもきれい。

10.『洞庭秋思』20190209
この曲の楽譜が最初に記録されているのは、明代の1549年に編纂された『西麓堂琴統』という本。その頃に作られたと考えられている。作者は不明。洞庭湖は中国で二番目に大きい淡水湖で、湖のほとりには、杜甫の詩で有名な岳陽楼がある。静かな湖面を秋風が走る様子が目に浮かぶ。

11.『忆故人』20190726
『山中思友人』、『空山憶故人』などという別称もあるこの曲は、後漢末期の儒家、書家であり古琴の名手であった蔡邕(さいよう)(AD132?133-192)が作ったものと言い伝えられている。曲名の中の「故人」という言葉は旧友、かつて親しかった人たちの意味。

12.『四大景』
弾くのも苦手だし、ウェブに資料も少ない……もっと勉強してから書きます!

13.『华胥引』20181121
1425年に編纂された『神奇秘谱』という、中国最古の古琴曲集に収められている。もともとは、『列子』という古代の書物の中にある黄帝の逸話に基づいて作られた、理想の王国を描写した曲。左手で弦を軽く押さえるハーモニクス奏法が特徴的。

14.『平沙落雁』20190826
曲名にある平沙の意味は平らな砂地、つまり干潟のことで、渡り鳥の雁の群れがそこに降り立つ様子を描いたのがこの曲。この風景は中国の山水画の伝統的な画材である瀟湘八景(瀟湘地方の八つの景勝)の中の一つだ。テーマも曲名もいいことからファンの多い曲。中国古典十大名曲と呼ばれる曲の一つ。

15.『龙朔操』20190801
この曲は前漢の時代、故郷から遠く離れた匈奴の君主のもとに嫁いでいった王昭君(おう しょうくん)の悲話に基づいて作られた。琴譜が最初に登場するのは1945年刊行の『神奇秘谱』で、曲のタイトルの下に「旧名昭君怨」とある。全体に悲しい曲調が特徴的な曲。

16.『长门怨』20181115
清の時代に作られた曲で、漢の武帝の后が、武帝の寵愛を別の女に奪われ、長門宮という屋敷に追いやられて寂しい日々を過ごしながらも、夫の心が戻ってくるのを待ち続けたという話を題材としている。梅庵派の代表曲で、この派独特の奏法で弾かれる。

17.『桃园春晓』20190724
東晋末期の詩人、陶淵明の有名な詩『桃花源記』に描かれたユートピアを題材とした曲。古琴曲の楽譜がはじめて登場するのは『西麓堂琴統』の中。楽器の調律の仕方が普通の「正調」ではなく、第五弦を高くする「五弦為宮」、音階が六音など、ちょっと普通と違う曲。

18.『渔樵问答』20190728
一般に中国古典十大名曲と呼ばれる曲の一つ。楽譜が最初に見えるのは明代に編集された楽譜集の中。タイトルの通り、漁夫と樵(きこり)の対話がテーマ。昔の中国の多くの文人たちの理想は、自然の中で魚を採ったり木を切ったりして静かに暮らすことだった。

19.『碧涧流泉』
この曲も弾くのが苦手。研究・練習要。

20.『流水』20190111
「非常に親しい友人」との間柄を表す「知音」という言葉の由来となった春秋時代の故事の中で、古琴の名手伯牙が弾いたと言われる曲の一部。当時は『高山』と『流水』という曲が一つになっていたらしい。水の流れを表現した右手の奏法が特徴的な曲。

21.『梅花三弄』20190803
『流水』『渔樵问答』などの古琴曲とともに、中国古典十大名曲の一つに数えられている。晋の国の王子のために作られた笛(簫という説もあり)の曲をもとに作られた。「三弄」の名のように、主旋律が少しずつ形を変えて三度繰り返される。厳しい冬を耐えた梅の木が、うれしそうに花を咲かせる。

22.『龙翔操』20190127
この曲の楽譜は1425年、明の時代に刊行された『神奇秘譜』に収録されている。もう一つの記録は1867年に編纂された『蕉庵琴譜』で、現在弾かれているのは、こちらの楽譜がもとになったもののようだ。広陵派という古琴の一派の代表曲。龍の飛翔を描いた壮大な曲。

23.『神人操』20190322
この曲のタイトルは、神と人とのスムーズな交流、対話といった意味だと言われている。使われている音階が七音(多くの曲は五音)であることや、演奏に五弦しか使わないことなど、ほかの曲にない特徴がある。これらのことからかなり古い時代に作られたものと考えられている。

24.『梧叶舞秋风』20190409
秋になると一番に紅葉を始める青桐の葉が風に舞う様子を描いたこの曲は清の時代、17世紀半ばに庄臻风という人によって作られた。ほかの古琴曲同様、いろいろなバージョンがあって、オリジナルに近いと言われる弾き方だと、曲のテンポが変幻自在でかなり難曲。

25.『欸乃』20190427
曲のタイトルには舟歌、船頭の掛け声、櫓のきしむ音などの意味がある。楽譜が最初に登場するのは1549年に編纂された『西麓堂琴統』。今よく弾かれているのは『天聞閣琴譜』(1876)に収録されている8段構成のもの。のんびりとした曲調からの変化が味わいどころ。

26.『酔渔唱晚』20190601
唐の時代の二人の詩人が舟の上で、老いた漁師の歌うのを聴いて詩を作ったという話をもとに作られた曲らしい。楽譜が最初に登場するのは1549年の『西麓堂琴統』の中。今一般に弾かれているのは、それよりも後の清の時代に演奏された短い七段構成のもの。

27.『离骚』20190919
戦国時代、楚の国の政治家、詩人の屈原(BC343-BC278)が書いた同名の詩をもとに、9世紀後半に陈康士という人が作った曲。はじめて楽譜が現れるのは1425年刊行の『神奇秘谱』。現在よく弾かれているのは管平湖さんが譜をおこされた全十八段のもの。

28.『大胡笳』20200208
この曲は唐の時代の琴家、董庭兰によって作られたと言われている。もととなっている故事は、漢末期の才女、蔡琰が、北方の異民族の捕虜となり地方豪族(?)の妻となって二人の子供をもうけたあと、12年後に曹操の尽力により帰国するが、二人の子供とは離別を余儀なくされた、という話。子供との別離のシーンは嘆きの声が聞こえるよう。

29.『湘妃怨』20200103
この曲は『湘江怨』とも呼ばれる。中国にはじめて国家を作ったと言われる五帝の一人「舜(しゅん)」は、国の南方を旅行していた時倒れ、帰らない人となった。残された二人の妃、娥皇、女瑛はその死を嘆き悲しみ、湘水に身を投げ、水の神となった。上海音楽学院発行の楽譜集の最初の曲。