古琴練習し過ぎ

左手親指で二本の弦を押さえて、そのまま滑らせて弾く箇所がうまく弾けなくて、何度も練習していたら、「マメ」ができて、痛くて弾けなくなった。それに、いつものように、右手の人差し指の爪がすっかりすり減ってしまった。

爪のほうは何とかなる。きっちり切って、また付け爪で数週間を過ごせば戻ってくる。でも親指の側面は、あの曲のあの個所を練習するたびにこういうことになる。そして、あの個所はかなり練習しないとだめだろう……。

マメが厚くなれば、痛くなくなるのか? でもすでにかなり厚い……これ以上厚くなると「見栄え」はよくない。それでなくても年を取った手は見栄えがよいとは言えないのに!

やはり『广陵散』への挑戦は無謀だったのだろうか? うん、その通り。でも、新しい音が数音でも弾けるようになると、うれしくてたまらない!

『洞庭秋思』動画再アップロード

一年以上前、限定公開でアップロードした古琴曲を再アップロードした。理由は「学習記録」を残すために新たに古琴チャンネルを開設から。コンテンツが必要だった。そもそもこの動画(といっても画像は静止画のみ)は、当ウェブ管理人が初めて作ってアップロードした動画だった。だから、個人的には「記念すべき動画」。チャンネル増設の記念に最適のような気がした。

演奏技術のレベルの低さは無視するしかないが、一生懸命弾いている自分が思い出されてちょっと感動する。短いけれど、よく一曲弾いたなあ、と感心もする。

深まりつつ秋を思い、心は湖のほとりに立つ岳陽楼の楼閣の上にたたずむ。

あきらめきれない『广陵散』

やはりあきらめきれない『广陵散』。一度はあきらめようと思ったけれど……。

独習は楽譜とウェブ上の動画だけが頼りだから、一行解読するのにとほうもない時間がかかる。でも、あきらめきれない。この曲に夢中になると、ほかの曲をまったく練習しなくなるからどんどん忘れる。それを取り戻すのにも、とほうもない時間がかかる。それはわかっている。でもあきらめきれない。

この曲は私にとって最後の曲になるだろう。そう思うから、なおさらあきらめきれない。少しずつでいいから、きちんと弾けなくてもいいから(いつか先生に習えたら、直していくから)、いま弾きたいと思っているこの曲を大事に大事に練習していきたい。

そして、記録を残しておこう。そう思って、「古琴の動画チャンネル」を作った。今のところは、独習の記録をのこしておくための「個人用」チャンネル。動画は一応「公開」してあるけれど、この動画に検索でたどり着ける人はいないと思うから、視聴者は私だけ。でも、いつかみんなに見てもらえるような動画も出せたらうれしいな。がんばろうね!

独りで座ってひたすら琴を弾く、「独坐弹琴」!

(続報)(20210714) 8か月以上たった今も独習を続けている。結局管老師の全45段の楽譜を手に入れて、五線紙に書き起こし、動画を聴きながら解明して、現在は暗譜に挑戦中。独習記録動画も撮り続けているけれど、次回は暗譜に成功してから!

 

『大胡笳』すっかり忘れた!

あわわわわ~! 大変だぁ!

独習などできるはずもない『广陵散』に魅入られて二週間。解読できたのはたったの2ページ。そして、その間に、ほかの曲がするすると頭から抜け出てしまった! 今日、調弦を変えて、『大胡笳』を弾いてみようとしたら……出だしからつかえた……というか、出だしがでてこなかった。

何とか楽譜を見ながら、一頁弾いてみたけれど、自分が「曲のどの部分を弾いているのかわからない」状態! 「全部弾くと20分くらいかかる大曲だから、忘れてしまったら大変だぞ!」と自分に言い聞かせていた曲なのに。今「練習表」を見たら、10月7日から、三週間近く弾いていなかった! 忘れて当然! どうするんだ! どうするんだ! もう夜10時だけれど、これでは眠れない。何とか今夜中に、一度は弾かないと……。小さな音でね……。

やはり『广陵散』はあきらめよう……。

『古琴のラ・カンパネラ』に挑戦してみた

先日のブログに書いた『古琴のラ・カンパネラ』(『广陵散』のこと)に五日間、挑戦してみた。下のYouTubeの動画と、手元にある三つの楽譜を見比べながら、五線譜、数字譜を頼りに、減字譜を文字通り「一文字ずつ」解明していく。ものすごい作業。もちろん、「解明したけれど弾けない」という箇所も多々ある。でも、ひたすら練習。

で、五日間かけて解明できたのがこの一頁。

この先はまだ解明できていない。早くも挫折。そもそも、初学者にして先生なしでラ・カンパネラに挑戦するのが無謀!

このあいだYouTubeで、漁師のおじさんが1年かけて、ピアノでラ・カンパネラをマスターしたという動画を観た。彼はまったくの初心者で、最後はフジコ・ヘミングの前で弾くという偉業(!)を成し遂げた。すごい。私も一年かけたら弾けるようになるのか?!

この番組の終わりのほうでわかってきたのは、奥さんがピアノの演奏者(先生だったか?)で、確か家にあったピアノはグランドピアノだった。絶対奥さんから習っているよね? ちょっとずるい……というか、うらやましい。

これから先、どうなるかわからない。4日間ほかの曲をまったく練習しないで、今日弾こうとしたら、小さい曲はいくつかまだ覚えていたが、中曲あたりからもうぼろぼろ。とくに、最近掘り起こしたものがすっかり頭から抜け落ちていた。どうすればいいんだ!? 『广陵散』はあきらめるしかないのか!?

(続報)あきらめきれなくて作った最初の練習記録動画

古琴の『ラ・カンパネラ』

私の『ラ・カンパネラ』に関する知識は、ピアノで超難しい曲だと言うことだけ。もしかしたら、聴いたら、出だしとかサビ(?)の部分は「ああ、これこれ」と思うかもしれなけれど、今は思い出せない。

今、ときどきYouTubeで見る「フォルテさん」の演奏を聴いてみたら、やっぱり「ああ、そうそう!」と思った。そして、確かに超難曲。

そこでこのブログの表題の話。私にとっての「古琴の『ラ・カンパネラ』」は、『广陵散』。文字通り60(+アルファ―)の手習いではじめて6年弱(よく覚えていない)。そのうち一年は腱鞘炎のために練習中断、つまり、レッスンをとったのは5年弱。まだ初学者レベルをさまよっている私にはとてつもなく遠くに見える山。でも、いつか弾けるようになりたい。

今日は一言、夢を書いてみた。

(続報)上記のブログは一昨日書いた。まだ事態の深刻さがピンと来ていなかった時。事情は詳しくは書けないけれど、今すごく精神的に苦しい。だから昨日からこの曲の分析を始めた。独りで学ぶのは不可能とすでにわかった。でも、ほかは何も手につかないから。ともかく古琴の前に座っていよう。こういうのってTwitterに書くことだよね。いいんだ、もう!

(続報)その後、「古琴のラ・カンパネラ」に独習で挑戦することにした……。無謀! でも楽しい。挑戦記(?)第一回目のブログはこちら

『古琴考級曲集』上海音楽院

かわいそうなほどぼろぼろになってしまった楽譜集。こういう本の表紙を補強してくれるところはないだろうか……。

この7年間、本当に私を支えてくれた古琴。まだまだこの本にはお世話になり続ける予定。全46曲中、「一応習った」のが25曲。そのうち「なんとか弾ける」のが22曲。残り3曲のうちの一曲『普安咒』を昨日から練習し始めた。遠い記憶を頼りに、ウェブで動画を見ながら、少しずつ少しずつ練習している。いつ終わるかなぁ。

あとの2曲のうち、1曲は本当に、完全に、忘れている。ただ、最初の一音が楽譜と先生の弾き方が違ったことだけは覚えているのだけれど。さっき、弾いてみようとしたけれど、まったく弾けない。情けない。

まずは『普安咒』を弾けるようにしよう!

古琴を楽しむ~その五

「古琴」カテゴリーのブログはすべて「古琴を楽しむ」というコンセプトのもとに書かれたものだ。一体いつ、このコンセプト自体をブログタイトルに使い始めたのか? またそれとは別に、個々のタイトルのついたブログが依然としてあるのはなぜか?

わからん。要するに古琴を楽しめればいい。

「特に楽しい話」の時に、このタイトルを使えばいいかな。

今日は特に楽しい。うれしい。『梅花三弄』がやっと最後まで弾けるようになったから。ただし暗譜はまだ。後半がぐちゃぐちゃになっている。でも、左手の親指を痛めることなくこの曲を復習できただけで本当にうれしい!

最近、ほとんど忘れていた曲で、復習したのはこれが三曲目。ほかの二曲は『梧叶舞秋风』と『鸥鹭忘机』。でも、この二曲は何か所か、私にとって「微妙に似ている」箇所があって、同じ時期に復習したのは大失敗だった。途中で混ざってしまって、いまだに暗譜が完成しない!!

この「復習期間」に弾いていないそのほかの曲たちは、一体どうなっているのか? 初期に習った短い曲は、ウォーミングアップのために弾くこともあるから、大丈夫だけれど、もう数週間も弾いていない中・大曲、たとえば『流水』、『龙翔操』などは、考えてみるだけでも怖い……。特に『大胡笳』と『离骚』は長いから、一度忘れたら、取り戻すのはむずかしい! そうだ! これから弾こう!  二つとも大好きな曲だもの♪

古琴練習できた!

腱鞘炎が怖くて、昨日はおそるおそる、今日はもう少し気合を入れて、古琴を弾いてみた。20分くらい弾いて、少ししびれる感じがあるけれど痛みはない! よかった! でも油断は禁物。しばらくは軽く弾くように!! いずれにしても、左手親指に力入れすぎ。右手も左手も、ひじも、肩も、身体も、力を抜いて弾くようにしよう!!

 

古琴練習禁止

今は午前11時20分。いつもなら古琴の練習を始めている時間。でも今日は練習禁止。YouTubeで管平湖先生の演奏を一曲聴いて、これから机に向かって「座学」。今日一日弾かないでいられるのか?

実はまた「やってしまった」。古琴のレッスンを始めてから1年後くらいに、ひどい腱鞘炎(ド・ケルバンとかいう名前だった)になって、数か月親指を使わないようにしていたけれど、痛みで日常生活に支障をきたすまでになって、とうとう手術した。そしてその後さらに数か月、合計して1年くらい古琴が弾けなかった。

それで、最近は「ピリッ」とした痛みが走ったら(そういった痛みが前回の兆候だった)、すぐにやめるようにしていたのだが、この数日の『梅花三弄』の練習中、そのことを「忘れた」。「古琴と言えばこの曲」、といわれる曲が三曲あるがこの曲はその中の一つ(残りの二つは『流水』と『阳关三叠』――龚一先生によると)。だいぶ前に習ったので、完全に記憶から抜けていてたのはわかっていたが、結構長いし、まったく覚えていないことに恐れをなして、手をつけないでいた。

それが、なぜか数日前に手を付け始めてしまった。それで、掲載写真のようなことになった。昨夜練習中にするどい痛みが数回走り、「はっ!」と気が付いて中止。すぐに湿布して親指を固定した。そういえば、ここまでするどくはなかったが、数日来、鈍い痛みはあった……。そのことを思い出してぞっとした!

「前と同じところが腱鞘炎になることはない」、と医者からお墨付きをもらっているが、「使いすぎればまた別の箇所がなる可能性がある」と警告も受けていた。どうか、前のようになりませんように!!

今日、弾かないでいられるのか? 暗譜はできていないまでも、半分くらいは「弾ける」ようになったところだったのに、ここで休んだらそれもまた、記憶の網の間からサラサラとこぼれ落ちていくのか?!……この曲だけではない、そのほかの曲は???

でも、仕方ない。少なくとも今日は、できれば数日は座学に徹しよう。そうしないとあとで後悔することになるぞ! そう自分に言い聞かせている……。嗚呼!